日本経済の金融構造を俯瞰す  斎藤彰一

日本経済の金融構造を俯瞰す
斎藤彰一[1]
岩手大学 

はじめに
 世界金融危機が生じた最大の原因は、架空資本の増幅を制御できなかったことである。例えば、住宅ローン債権が、サブプライム・ローン債券という証券に転化し(債権の証券化)、増幅していったことがあげられる。しかし巨額の架空資本とて無から生じたわけではない。巨大な資金の余剰が、最初に存在していたはずである。その資金は一体どこから来たのか?日本経済の金融構造を俯瞰するに、そのことは明らかとなる。


Ⅰ 日本経済の金融構造の俯瞰
 日本経済の金融構造を俯瞰しようとする場合、二つの経済主体に注目することが重要である。その二つとは、(大)銀行と大製造企業である。この二つに、日本国内や、日本の海外投資からの富が集中する形となっている。そして、この二つの経済主体に、富が蓄積されている(図1)この二つの経済主体に富が集中され、金融資産として運用されている。そのため、有効需要が増えず、日本の実体経済は縮小再生産を続けている。


Ⅱ 各論① 労働者からの収奪
 1999年の労働者派遣法「改正」によって、派遣労働者の雇用がほぼ全面解禁となり、製造大企業は安い労働力を都合よく使うことができるようになった。そのため、主要な製造大企業のなかには、500兆円もの膨大な利益剰余金が蓄積された(図2)。その利益剰余金は、雇用や設備投資に回されることなく、すぐに換金可能な資産(有価証券)などになった。つまり、架空資本として運用されているのである(図3)。


Ⅲ 各論② 中小企業からの収奪
 日本経済はもともと二重構造をもっている。それは一部の大企業と、その傘下にある下請け中小企業に分かれていることである。この二種類の企業は、部品の不等価交換を行っている。下請け大企業は非常に安い価格で部品を大企業に売り渡している。そのために、企業の部品調達コストが低減化し、利潤が増加するしくみとなっている。この大企業・中小企業との間の「不等価交換」を見定めるのは難しいが、大企業と中小企業の売上高営業利益率の差は、ひとつの指標となりうる(図4)


Ⅳ 各論 金融資本による国民の資産の収奪
 金融資本(主として銀行・生命保険会社)は、資産の安全な運用先として、「国債」を買っている。日本の国債の大部分は日本の金融機関が保有しているが、国債の利率は、現在1.3パーセントである。したがって、国債の残高が約600兆円(2009年末)であるが、現在のところ8兆円(国債利子1.3%で計算)近くが、利子として支払われている。その利子に与っている経済主体に銀行と生保がある。(図5)


Ⅴ 各論 日本企業の海外展開による資本収支
 日本経済が対外取引でもっとも多く富を得ているのは、商品の輸出ではない。それは資本の輸出による所得収支である(図6)。つまり、レーニンの言葉でいえば、日本は「金利生活者帝国主義」(独占資本主義)に近い状況になっている。


これから必要となる対策
 これから必要となる対策は何か?それは第一に、世界金融恐慌の再来を未然に防ぐことである。第二に、富が一部に集中している現在の状況を打開するために、利益剰余金に課税を行い、それを格差是正に役立たせることである。


第一の方策
 世界金融恐慌の再来を防ぐことが第一に必要である。そのために、国境を瞬時にして渡る短期流動資金を規制するための「トービン税」が必要である。これは、アジア通貨圏を構築するまえに、日本だけで行うことも効果がある。というのは、日本国内あるいは海外の日本の法人企業の有している資産は流動的なものが多く、それがいつ投機資金に転化してもおかしくない状況だからである。具体的には、金利の低い日本円を調達して、為替投機に充当する「円キャリー取引」が再燃化するおそれがある。(ただし、日本円はいま高いので、円キャリー取引に投機家は手を出しにくい)。もともとのトービン博士の案では(1972年の講演)、すべての為替取引において売り手買い手に対して1%の課税を行うというものであった。いま世界では、一日に100億ドルの為替取引が行われている。為替取引が規制されれば、少なくとも「円」を用いて、資金を調達するという方途は妨げられる。したがって世界恐慌の再来を防ぐ一方法になりうる。また税収も莫大なものとなる。したがって一石二鳥である。


第二の方策
 また、日本国内の富の分布がいびつである。メスはそこに入れられなければならない。利益剰余金および、特に法人税に対する課税が必要である。日本の大企業に対する法人税は、高いといわれている。(法人実効税率は40%)。しかし現実には、20%から30%といったところであり、先進国のなかでは群をぬいて低い(図8)。したがって、法人税の実際の水準を10%から20%上げるだけでも、国庫は潤い、その分を国民の福祉に回すことはできるはずである。国民の所得が実質的に増えれば、有効需要が減少して停滞気味の国内産業も勢いをもりかえしてくるはずである。すなわち景気回復となるだろう。



[1]作者紹介:斎藤彰一、岩手大学教授。