金融危機から世界不況へ― 高田 太久吉
―「経済の金融化」と「金融の証券化」―
高田 太久吉
中央大学
(1)サブプライム問題から国際金融危機・世界不況へ
2007年夏に表面化したサブプライム危機(アメリカの住宅バブル崩壊)は、デリバティブ証券市場の崩壊、多数金融機関、ヘッジファンドなどの破たん、証券価格と不動産価格の下落による「世界的金融危機」に発展した。アメリカ政府を始めとする各国政府の大規模な介入、中央銀行の莫大な流動性供給にも関らず、金融危機の深刻化に歯止めがかからず、住宅価格と証券価格の下落による「資産デフレ」によって、実体経済にも大きな影響が表れ始めており、マイナス経済成長率への転落、自動車産業、建設産業などの収縮、失業率の上昇、消費需要の減退が世界不況の不安を高めている。
(2)1929年恐慌以来の深刻な経済危機
グリーンスパン(FRB前議長)やサミュエルソンなど多くの専門家、経済学者が、今回の金融危機を1929年恐慌以来の深刻な危機、数十年ないし1世紀に1度の危機と呼んでいる。世界的な資産価格の大幅な下落、大規模金融機関の破たん、かつて経験したことのない規模の政府介入その他の基準から見て、今回の危機が1990年代後半期の国際金融危機、2000年代初頭のITバブル崩壊、などと比べても、はるかに大規模かつ深刻な金融危機であり、その深刻さは世界の多くの経済学者や当局のこれまでの予想をはるかに超えるものであることも明らかである。
(3) 資本主義は構造変化を遂げたのだろうか?
戦後復興期から1960年代まで順調な成長を遂げた資本主義経済は、70年代以降、ケインズ主義的経済政策の矛盾が顕在化しはじめ、アメリカは国際収支と連邦財政の赤字に耐えかねて金ドル交換を停止(ニクソンショック)し、世界の多くの通貨は固定レート制から変動レート制に移行した(IMF体制崩壊)。さらに、石油輸出国機構(OPEC)による原油価格大幅引き上げを契機とするスタグフレーションが世界的に広がり、資本主義経済は不安定な時代に入った。こうした歴史的背景のもとで、ケインズ主義に代わって、新自由主義とよばれる市場重視、規制緩和の経済政策が優勢になった。また、80、90年代は、この時期がITバブル崩壊で結末を迎えたことに表れているように、産業構造の大きな変化(装置産業の衰退、第三次産業の拡大)によっても特徴づけられている。今回の金融危機の背景には、このような資本主義の歴史的変化が関係しているのであろうか。
(4)現代資本主義を特徴付ける「経済の金融化」
1980年代以降、ケインズ政策の行き詰まりを契機として、新自由主義的経済政策が世界的に優勢になり、経済成長政策や完全雇用維持政策が後退し、社会保障制度が削減され、規制緩和と金融自由化が進められ、インフレ抑制と「小さな政府」が重視されるようになった。この結果、欧米諸国では経済成長率が低下し、一般企業の投資のテンポが鈍り、賃上げの抑制と社会保障切り下げによって経済格差が拡大した。他方、規制緩和・金融自由化の最大の恩恵を受けた金融産業では、収益が増加し、経済全体に対する影響力が次第に強まってきた。この間、経済成長に対して、金融市場の規模は何倍もの速さで膨張した。このような、実体経済の成長鈍化と裏表に金融市場と金融産業の肥大化が急速に進む現象は、経済学者によって「経済の金融化」と呼ばれている。
(5)企業と家計の金融資産・金融債務の増大
「経済の金融化」の顕著な特徴は、(1) 企業や家計の資産の中で、預金、証券、投資信託、保険などの金融資産の割合が高まる、(2) 経済全体の中で金融産業の占める割合が高まり、金融セクターの利益、雇用、所得が増大する、(3) 金融工学を応用した新しいタイプの金融商品(その多くがデリバティブ=金融派生商品と呼ばれる)がつぎつぎと作られて、証券市場を爆発的に膨張させる(金融の証券化)、(4) 経済成長を支える企業投資や家計支出が、貯蓄よりも債務(証券発行やローン)に依存する度合いが高まる、(5) その結果、企業や家計の経済活動も金融市場の動向によって大きな影響を受けるようになる、(6)企業や家計の貯蓄は投資や消費に向かわないで、さまざまな経路を通って証券市場に流入するようになる、この結果、証券会社、投資信託、ヘッジファンドなどの金融産業の収益が増大し、経済全体のなかで金融セクターの占める割合が上昇する。
(6)金融市場を不安定にする「金融の証券化」
しかし、金融市場、とりわけ証券市場は、本来的に制御が難しい不安定性を抱えている。一般に証券価格には、多くの人が合理的に理解できる客観的な基準がなく、需要と供給の関係によってきわめて不安定かつ大幅に変動する。証券の需給関係は、投資家の将来予測にもとづいて変化するが、誰も将来の市場の状態や証券価格を正確に予測できない。多くの投資家は、自分以外の投資家がどの証券を買うか、あるいは売るかを予想して、市場の動きに追随する行動をとっている。しかも、多くの投資家は、人間の判断ではなく、コンピュータのプログラムを利用して自動的に売買を執行している。そのために、何かの理由で需給関係が少し変化すると、多数の投資家がいっせいに同じ行動をとり、その結果、市場は客観的な理由がなくても大きく一方に振れてしまう。例えば、ある企業の収益予想がほんの数%下方修正されただけで、株価が何十パーセントも急落するということが起きる。さらに、証券市場での取引は、株式市場、債券市場、外国為替市場、さまざまなデリバティブ市場、仕組み証券市場などが複雑に絡み合っており、少数の巨大金融機関がこれらすべての取引の中心になっているために、一つの市場で発生した混乱が、瞬時にその他の市場に波及し、だれもその連鎖的な混乱を止めたり、制御することができない構造になっている。
(7)肥大化し、不安定になった金融市場では投機が蔓延する
金融市場における投資家の行動を規律づける唯一の基準は、投資のリスクと利回りの関係である。つまり、投資家にとって合理的な行動とは、投資に際してリスクと利回りのどちらが大きいかを確率的に予測し、リスクが大きい場合は投資をやめ、利回りが上回る場合は投資するという選択である。この選択には、投資した資金がその後どのように使われるのか、その結果経済社会にどのような影響が及ぶのかという問題は、一切考慮に入らない。したがって、証券市場だけではなく、住宅、土地、石油、食料、希少資源、水その他人々の生存にとってどのように重要な財や資源であっても、それに投資することが有利とみれば躊躇することなく莫大な資金を投じて投機的に買い占め、バブルを引き起こす。そして、リスクと利回りをめぐる予想が変化すると、今度は一転していっせいに取引を清算して資金を引き上げ、バブルを崩壊させる。このようなバブルとその崩壊をつぎつぎと引き起こす投資家の投資判断には、科学的な根拠はなく、きわめて曖昧で主観的な「予想」や「思惑」にもとづいている。株式市場の動きを予想する証券アナリストの予想はほとんど当たらないし、あたってもそれは「まぐれ」にすぎない。しかし、経済の金融化によって金融市場が肥大化するだけではなく、ますます不安定で変動が激しくなると、投資家の思惑や予想も激しく変化するようになり、その結果、金融市場は実体経済から遊離した、投機取引が蔓延する市場に変わってしまう。経済学者が「カジノ資本主義」とか「ファンド資本主義」と呼んでいるのはこのような状況を指している。
(8)サブプライム問題は、なぜこれほど深刻な国際金融危機に拡大したのか?
アメリカの住宅バブル崩壊として発生した金融危機が、わずか数ヶ月で国際的な金融不安として世界中に拡散し、アメリカだけではなくヨーロッパの多数の金融機関を破綻させ、世界中の株価を連鎖的に暴落させ、世界同時不況の不安を作り出しているのはなぜであろうか。 ここでは、報告者が重要と考える、5つの理由を挙げておきたい。
1) 過剰な貨幣資本の投機的な動き
世界のさまざまな金融機関と機関投資家の手元に、現状では投機的に運用する以外に投資家が期待する利回りをあげられない「過剰な貨幣資本」が数十兆ドルも積みあがっている。世界中の金融市場で証券に投資されている貨幣資本の総額は150兆ドルと見積もられているが、それらの中でおそらく数十兆ドルは投機的な手法で運用されていると考えられる。これらの過剰な貨幣資本は、通常の企業向け貸し出し、個人向けローン、国債など安全資産の保有などでは投資家が期待する利回り(例えば平均数%)を持続的に上げることは不可能である。言い換えれば、それらが期待する利回りは、健全な経済企業システムや政府財政とは両立しない。そのために、どんな市場であれ投機的利益が見込まれる市場があればあらゆる機関投資家が殺到して深刻なバブルを作り出す。
2) 金融グローバル化による資金の国際的移動
1980年代以降、アメリカやIMFなどの圧力を受けて、世界の多くの国が金融自由化を進め、金融グローバル化が進展した。金融グローバル化というのは、国際的な資本移動を規制していた各国の規制が取り払われ、資本と金融機関の移動が国境を越えて自由に行われるようになる傾向である。1980年代後半期以降、途上国を含む海外の証券市場や為替市場で投機的に運用される短期資本の国際的移動が爆発的に増大し、その不安定な動きをどの国の政府も監視したり、規制したりすることができなくなっている。特に途上国では、国内金融制度が脆弱な上に、投機資金の運動を監視する体制が未整備で、いったん国際金融市場の資金の流れに異変が起きると、経済や産業の基盤が破壊され、人々の雇用や所得も甚大な影響を受ける。最近、ドイツのケーラー大統領が雑誌インタビューで、「現代の金融市場は制御のできないモンスター(怪物)になってしまった」と嘆いたのは、国際金融市場のこのような状況を念頭においての発言である。
3) 金融自由化による「影の銀行業」の肥大化
金融自由化は金融グローバル化だけではなく、それぞれの国で、銀行と類似の活動をしながら、銀行のような監視や規制をうけない金融産業(影の銀行業と呼ばれる)を増大させた。具体的には、預金以外の方法で資金を調達し、預金保険制度や「最後の貸し手機能」などのセーフティネットもなく、ゆるい監視のもとで高リスク・高収益の金融業を営むノンバンクと総称される金融機関、ヘッジファンド、特別目的会社(SPC)などである。これらの金融機関は、国際決済銀行(BIS)の自己資本規制や預金準備率などを免れ、莫大な他人資本を取り入れ(高レバレッジ)、不透明な会計操作と不十分な情報公開のもとで巨額の金融取引を展開している。しかも、近年では、大手銀行や投資銀行なども、規制や課税を回避するために、影の銀行業に従事する子会社を設立し、自社の取引の大きな部分を「簿外」で展開している。また大手金融機関と機関投資家は、デリバティブ取引を利用したリスク隠しや損失隠し、タックスヘイブンを利用した課税忌避を大規模に行っている。この結果、現代の金融市場は、全体としてきわめて不透明な、巨大な迷宮のようになっている。このために、監督機関は、金融市場や大手金融機関に全体としてどれくらい大きなリスクが潜んでいるかを把握することができなくなっている。否、監督機関だけではなく、銀行の経営者でさえ、自社のリスクを把握することができなくなっている。最近、莫大な損失を出した大手銀行の経営者が、自分たちのやってきたことを「砂上の楼閣であった」と嘆いたのは、このためである。
4)市場を不透明にするデリバティブ取引の膨張
先物取引を始めとするデリバティブ取引のほとんどは、本来は企業や金融機関の金融取引のリスク(金利、為替レート、証券価格などの変動、取引相手の倒産など)をヘッジ(損失を帳消しにする逆取引)する手段として開発された。しかし、リスクをヘッジする手段はいずれも投機の手段として利用できる。例えば、為替の先物取引は、将来の為替変動をヘッジする手段として利用できるが、将来の為替レートを予想して、そこから投機的利益を上げる手段としても利用できる。専門家の調査によれば、現在大きな問題になっている信用デリバティブを始め、天文学的規模に膨らんでいる各種デリバティブ取引の大半が、実際には金融機関と企業によって、投機の手段として利用されている。しかも、デリバティブ取引のますます多くが、先物取引所などを通さない店頭取引(OTC、金融機関のディーラーと投資家の相対取引)で行われるようになっており、取引の健全性や安全性が十分に担保されないだけではなく、監督機関でさえ、市場の全貌を把握することができなくなっている。
5)金融工学がつくりだす「金融の大量破壊兵器」
現代の金融市場、とりわけ証券市場はきわめて不安定で、金融機関や投資家には、複雑で高度のリスクマネジメントが求められている。リスクマネジメントのもっとも重要な技法としては、SPVを使ったオフバランス化、銀行のALMやVaRなどがある。また、投資家は証券の購入に際して、大手格付け会社の格付けを判断の基準にし、あわせて、購入した証券にはモノライン保険や信用デリバティブなどの金融保険を購入して万一のためのリスクを回避する。しかし、これらのリスク管理の手段や方策がいずれも深刻な金融危機に際して予想された役割を果たすことができず、リスク管理の前提になっていたもろもろの制度や理論がことごとく虚構であることが判明した。それらは金融機関と投資家が過度のリスクを取り入れるのを抑制するどころか、逆に、銀行と投資家を、リスクに無頓着にし、無謀な信用拡張と投資行動に走らせる結果を招いた。しかも、監督機関には、金融市場にどれほど大きなリスクがたまっているのか、誰が最終的にリスクを負担するのか、判断する手がかりがない。このため、いったんバブルが崩壊すると、混乱は一挙に世界的規模で表面化し、誰も予想していなかった規模の損失が、予想していなかった速さで、世界中の金融機関と機関投資家に拡散し、大規模金融機関やヘッジファンドの連鎖倒産と世界同時株安が発生する。まさに、アメリカの伝説的投資家ウォーレン・バフェットが「信用デリバティブ取引(金融保険)は、金融市場の大量破壊兵器である」と言い放った通りである。
(9)今回の金融危機の教訓と今後の課題
1)支配的な経済学と経済政策は何を間違ったのか ?
1998年にアメリカで大規模なヘッジファンドが破たんし、世界中の大手銀行が協力して救済した時、経済学者は、そのような事件が起きる確率は10のマイナス17乗分の1、つまり何十億年に1回しか起きないはずだと考えた。しかし、現在私たちが目の当たりにしている国際金融危機は、その時の金融危機をはるかに上回る深刻かつ大規模な危機であり、その発生の確率は、ほとんどゼロのはずである。しかし、このような危機が現実に頻繁に発生するということは、第一に、現代の金融論をふくむ経済学、さらには、それに依拠した経済政策の考え方に根本的な誤り、あるいは見落としがあること、第二に、現代の金融制度と金融機関の経営には致命的な欠陥があること、を示唆している。その意味で、報告者をふくめ、経済学研究に従事する人間は、経済学をより現実的にするために従来の経済理論を土台から再検討する必要があるのではないかと思われる。米国のグリーンスパン前FRB議長は、最近の議会証言で、「これまで40年間、市場は政府よりも賢明だと信じてきたが、この信念は誤りであった」と述べた。今回の金融危機に大きな責任がある彼の反省は遅きに失するが、市場をまるで神のように考えてきたこれまでの経済学は、自らの信仰の現実妥当性にもっと懐疑的になることが必要である。
2)今回の危機を繰り返さないために、何をする必要があるのだろうか?
一部の人たちは、ウォール街を始めとする世界の金融関係者の度外れた金銭欲や反社会的行動に対して強い「反省」を求めている。これらの人たちの多くは、私の知る限りでは特殊な価値観の持ち主であり、一時的には「後悔」しても、決して心底反省することはない。そして彼らは、どんな失敗も事情が変われば忘れてしまう。私たちが今回のような深刻な危機を経験して学んだ教訓を後世に継承する唯一の方法は、問題の根本を除去するための有効な制度を確立して後世に伝えることである。これは政治の役割であり、金融機関の経営者にこれを期待しても無駄である。たとえば、1929年世界恐慌の教訓から、ローズヴェルト政権がニューディール政策を打ち出し、アメリカの銀行法を抜本的に改正し、グラス=スティーガル法と預金保険制度を後世に残したのが、歴史的な手本である。このグラス=スティーガル法を確たる根拠もなく、金融産業の求めに応じて撤廃したアメリカで、10年も経たないうちに、今回の危機が発生したことを肝に銘じるべきである。
3)なぜ新しい福祉国家構想が必要なのか ?
私の理解では、金融制度の改革は、金融市場と金融産業の中だけでは完結しない。金融システムは経済システム全体の一部であり、金融市場と金融産業がどのような役割を果たすべきかは、望ましい経済社会システムをどのように構想するかによって決まってくる。その意味で、金融機関や機関投資家の投機活動を抑えるための措置、たとえば、金融取引税の創設、レバレッジ制限、金融的利得への厳格な課税その他は必要であるが、それらだけで問題が基本的に改善されるとは思われない。長期的には、世界で数十兆ドルの規模で積みあがっている「過剰な貨幣資本」を、金融機関や機関投資家の投機活動に委ねるのではなく、それを特殊な「公共財」あるいは、「社会資本」と見なし、それを緩やかな社会的管理のもとで活用する仕組みが必要である。言い換えると、現在は「過剰」とされている膨大な貨幣資本を、健全な経済成長、自然環境と生活環境の保全、世界的な研究・教育水準の引き上げ、搾取の根絶と貧富の格差の是正、社会保障制度の充実、医療制度の立て直し、国際的な文化交流の促進、地域紛争の平和的解決、その他の目的のために有効に活用するための筋道を、政治の力で制度化することが必要である。「お金は邪魔にならない」と言われるように、貨幣自体は過剰になることはない。それは、貨幣資本であるために、つまり、つねに数%の利回りを生み続けなければならないと考えられているために、過剰になるのである。貨幣それ自体は、貴重な経済的資源であり、さまざまな社会的問題の解決のために役立てられるべきものである。世界中の膨大な貨幣資本をこのような意味で有益に活用しうる社会の在り方を、私はとりあえず先人にならって、福祉国家と呼んでおきたい。その意味で、今回の国際金融危機を契機に、それぞれの国で、自国の歴史的文化的状況をふまえた、新しい福祉国家の在り方が問い直されることを期待したい。









